コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2016/10/04

ヴァルド派清貧の料理

▼料理は紛れもなく文化なのだと思える出合いがある。この夏、北イタリア・ピエモンテのペッリチェ渓谷に隠れ住んでいたヴァルド派の郷土料理を食べる機会があった。宗教的迫害という過酷な歴史の中で生み出されたその料理には、素朴な力強さとともに、味と心双方の豊かさが宿っていると実感した
▼東京・世田谷区にあるこのレストランでは、シェフが現地で学んだヴァルド派の料理が供される。ピネローロ圏の奥地に住み着いたヴァルド派の子孫が営むレストランで修行したという。通常のイタリアンとは趣の違う独創性が何とも新鮮だった
▼現代風にアレンジされているとはいえ、高級素材を使う豪華な料理ではなく、むしろその逆。聞けば、その料理の特長は①花やハーブなどの野草を食べる②スープ類が多い③イモ類を多用する④通常のパスタはない、など。痩せた土地柄で、農作物の生育が難しく、小麦などの穀物も育たない。この店のスペシャリテは子羊の藁包みローストだが、これなどもまさに清貧から生まれた美味といえる
▼ヴァルド派は12世紀の中世ヨーロッパで発生したキリスト教の一派で、発祥の地はフランスのリヨン。信徒宣教運動を起こしたが、カタリ派と並んで異端としてローマ・カトリック教会から断罪された。各地に隠れ住んでいたが、追われた末にイタリアの山岳地帯ペッリチェ渓谷にたどりついた
▼当時から清貧を追求し、禁欲的な生活を実践してきたが、そうした信条は現代まで受け継がれ、料理にも色濃く表れている。ペッリチェ渓谷は今も辺境の地で、観光客が容易に行ける場所ではないそうだ。想像するほどに興味を引かれるが、いまは遠い異国のペッリチェ渓谷に思いを馳せながら、この日本でその料理を味わえる幸福をよしとしたい
▼世田谷のレストランのシェフは自身のブログで「過去の上に今がある。これからも(ヴァルド派の料理を)閉ざすことなく伝えていきたい」と語っている。こうした食文化が今後も継承されていくことを願わずにはいられない。

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