コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2022/05/25

兄弟殺しの大罪

▼いくら考えても理解しがたいのが、今回のロシアによるウクライナ侵攻である。抑圧的な異民族との戦いではなく、同じスラブ民族同士の血で血を洗う戦争を予見できた人はほとんどいまい。〝兄弟殺し〟とも言うべきこの戦争には、あまりの理不尽さに怒りと不快感ばかりが込み上げてくる
▼19世紀を代表するウクライナ生まれの作家ゴーゴリは、若くしてロシアに移り、ロシア語で短篇「外套」や「検察官」などの作品を残した
▼ドストエフスキーをはじめとする後世の作家にも大きな影響を与え、その19世紀ロシアの作家ドストエフスキーは「我々はみなゴーゴリの『外套』の中から生まれたのだ」と言ったとされる
▼時代は下って2021年、つまり昨年の11月11日、モスクワ市内にあるドストエフスキー博物館で開かれた生誕二百年の式典にロシアのプーチン大統領が出席し、メッセージノートにこう書き記したという。「ドストエフスキーは、ロシアの天才的な思想家にして愛国者」。ロシア軍のウクライナ侵攻からわずか三か月半前の、ごく最近の話である
▼プーチンはドストエフスキーを、なぜ「天才的な作家」ではなく「天才的な思想家」と呼んだのか。この時すでに、今回のウクライナ侵攻へ向けた一種の誓約めいた決意をこの一行に託したのではないかと見る識者もいる
▼確かに最晩年のドストエフスキーは、プーチンの考えに通じるスラブ民族の一体化という愛国的な世界観を持ち、真の精神性を取り戻す手立てはロシア正教による精神的な一体化にしかないと考えていたようだ。とはいえ、ドストエフスキーには、死刑判決という極限の恐怖にさらされた過去があり、その好戦性の奥底には、圧倒的な死への想像力が根付いていたはずだ
▼一方で、非道な兄弟殺しに手を染めたプーチンには、妄想的な恐怖と復讐心、誤った宗教的使命感しかない。この戦争では、いまや両当事国のみならず、全世界が日々何らかの煽りを受けている。ロシアの独裁者による罪は、驚くほどに深い。

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