コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2019/03/14

計り知れぬキーン氏功績

▼若かりし学生時代、外国人の日本文学研究者といえばドナルド・キーンさんだった。真っ先に思い浮かぶというより、ほかに思い浮かぶ顔もなかった。それはいまでもそう変わらないように思える。世界に日本の文化と文学を知らしめた功労者として、長きにわたり〝巨星〟といえる存在だった
▼そのキーンさんが先月24日に96歳で亡くなった。米国に生まれ、18歳で読んだ「源氏物語」の英訳に感銘を受けた。第2次大戦中には米海軍で日本語を学び、日本軍捕虜を取り調べたほか、日本兵が残した日記の解読にも当たった。日記に生々しく記された兵士たちの心情を「時に堪えられないほど感動的」と後に語ったことは、よく知られる
▼戦後は京都大学に留学し、日米を往復しながら、「源氏物語」「徒然草」「奥の細道」など日本の古典文学を広く世界に紹介した。谷崎潤一郎や川端康成、三島由紀夫、安倍公房ら、戦後を代表する作家たちとも親交を深め、その作品の翻訳に努めた。日本人作家のノーベル文学賞受賞を各方面に働きかけた功績も大きい
▼東日本大震災で外国人の離日が相次いだことに心を痛め、日本永住を決めて日本国籍を取得。この決断に私たちが計り知れない励ましを受けたことは、いまだ記憶に新しい。人間味にあふれ、講演などを通して被災地への支援も惜しまなかった。これほど日本人と苦楽を共にした西洋人はほかに見当たらない
▼一方で、バブル崩壊後の日本社会のありようには辛口だった。内向き志向や他者への配慮を欠いたふるまいを嘆き、日本人が古典と向き合う時間をなくしている風潮をしきりに惜しんだ。晩年には、日本人自身が日本の伝統文化を蔑ろにしていると憂えていた
▼学校で「源氏物語」などの古典が読まれる機会が減り、国文学研究が停滞しているとの指摘もあるなか、キーンさんの苦言をいまこそ真摯に受け止めるべきだろう。日本の伝統文化の良さに改めて気づくべき――。それこそがキーンさんの何よりの遺言といえるのではなかろうか。

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