コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2013/06/24

つく、きえる

▼シンメルプフェニヒ。舌をかみそうな名前だが、ドイツでは現在最も上映回数の多い劇作家だという。その彼が3・11東日本大震災をテーマに書き下ろした演劇「つく、きえる」が、都内の新国立劇場で上映された。現代ドイツ演劇の気鋭の作家があの震災をどう表現するのか、興味津々で会場に足を運んだ
▼この作品を書くにあたり、彼は被災地を訪れ、実際に目で見、肌で感じ、足で歩いている。福島原発のそばに立ったときには「多くを語る必要はなく、通訳もいらなかった」と語っているように、国を越えて共に考える「With」の思いがこの作品を生んだことは間違いない。どんな悲劇でも演劇の中では自分たちの物語を語れるという強い確信のもと、彼が選んだのは「コメディをやろう。恐怖には笑いをもって立ち向かおう」という方法だった。それは現実を揶揄するどころか、まったくその逆だと、彼は主張する
▼前半は、小さな海辺のホテルを舞台に、ユーモアあふれるシュールな群像劇が展開する。しかし、そのトーンは決して明るくない。明かりがつく、消える―そのわずかな瞬間に世界が様変わりし、笑顔の中に影や闇が徐々に忍び寄る
▼3・11でデジタルのコミュニケーションツールとして大きな役割を果たしたケータイメールが、この作品でも重要な小道具として登場する。ホテルを運営する1人の若者と、丘の上の時計台で仕事をする女の子。心を寄せ合う2人はクジラとミツバチに仮託され、生死を分けた場所にいる。遠く離れた2人が互いの叫びを微かに聞き取り、何事もなかったような美しい星空が輝くところで劇は終わる
▼タイトルの「つく、きえる」は、相対するものの象徴であり、鏡写しになった「逆さま」の世界によって現実以上にリアルな人間世界を映しだそうとするのは、シンメルプフェニヒ特有の作劇法ともいえる。二項対立の中で人間の真実を浮かび上がらせ、悲劇的な現実を喜劇的にあぶりだそうとする試みは、一定の成功を収めているように感じられた。

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