コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2021/05/27

コロナと重なる「流行感冒」

▼白樺派作家の志賀直哉が書いた短編小説「流行感冒」が先月、BS放送でドラマ化された。1918年から20年にかけて猛威を振るったスペイン風邪を題材にしたドラマで、100年前のパンデミックと現在のコロナ禍がかくも重なるものかと驚くばかりだった
▼長田育恵の脚本、柳川強の演出で、本木雅弘主演。柳川は昨年4月の緊急事態宣言下で原作を読み、映像化に至ったという。コロナ禍での撮影はさぞ苦労しただろうと推察されるが、誠に時宜を得た内容で、しかも、ほろりとさせる結末で後味の良い作品になっていた
▼志賀直哉本人と思しき主人公の作家(本木)は大正7年(1918年)秋、東京郊外の村に、妻と幼い次女、さらに2人のお手伝いさんと暮らしている。事実、志賀直哉は本県・我孫子で7年余り暮らし、この作品もここで書かれた。ドラマのロケ地も香取市や県立房総のむら(栄町)などが使われた
▼主人公は編集者から「戦場でやられる人より流行感冒で死ぬ人の方が多い」と聞かされ、長女を生後間もなく亡くしているだけに、次女の健康に神経質に気を遣う。東京の街中の様子も登場するが、のどかな田舎とは対照的に、マスクを着けていないと警官に注意され、飲食店でせきをする客は追い出される
▼感染への警戒心をあらわにしていた主人公だが、結局、一家は感染。枕を並べて高熱にうなされる病苦を味わうことになる
▼幸い全員快癒するが、快癒後には夫婦のこんな会話がある。「感冒は恐ろしいなあ。心の中の醜い部分まで全部あぶりだされたよ」と言う夫に、妻は「何もかも病のせいにして心を捨てることもできたけど、あいにくと人間はそう簡単には負けないんです」と答える
▼これまで幾多の疫病に悩まされてきた人類だが、他の厄災と同様、過去の教訓を忘れずにいるのは難しいようだ。今回のコロナ禍でも、少なからず人間の醜い面があぶり出されている気がする。せめても「人間はそう簡単には負けない」という主人公の妻の言葉を信じたいものだ。

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