コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2017/05/30

サミットとシチリアレモン

▼今年のG7サミット(主要7か国首脳会議)は、イタリアのシチリア島が舞台となった。多くの文明が交錯し「文明の十字路」とも言われるシチリア島には、いまも独特の風土や文化が息づく。各国首脳も、限られた滞在時間の中で豊かな自然や遺産に触れたのではないか
▼折しも、シチリア出身のノーベル文学賞作家ビランデッロの短編集「カオス・シチリア物語」を読んでいたこともあり、サミット開催の報を耳にして、なおさらシチリアの風景が脳裏を駆け巡った。短編集の収録作の大半は百年以上前の作品で、とりわけシチリアと縁の深い作品が収められている。収録作の何篇かは映画化されているが、百年前のシチリアが今とどう違うのかも興味深い
▼ビランデッロ作品の主題は、シチリアの土の香りが漂うもの、超自然的な要素や宗教色の濃いもの、農民と貴族など階級格差をからめて描いたものなど、多様だ。登場人物も、動物と言葉を交わす者、ほとんど本能だけで生きる者、農民でありながら哲学的な思考をめぐらす者、危機感や不安に苛まれる女性など、実に幅広い
▼「シチリアのレモン」という一篇がある。主人公の青年は、シチリアのメッシーナに近い村からかつての婚約者を訪ねてはるばるナポリへやってくるが、歌手として成功し名声を手にした婚約者はもはや青年のことなど歯牙にもかけず――といった悲しい話だ。青年が婚約者のためにと手土産に持参したのがシチリアのレモンだが、このレモンも物語の最後で婚約者の手によって踏みにじられる
▼ここには、階級や地域の格差がもたらす残酷な運命が活写されている。解説によれば、レモンの原語「ルミーア」は、レモンによく似たシチリア産の柑橘類で、香りが強く、酸味と苦味があって飲料や香料として用いられるそうだ。短編の主人公の出身地メッシーナ近郊と今回のサミット会場タオルミナとは恐らく何十㎞と離れていない。各国首脳もサミット期間中に、シチリアのレモンを味わう機会があったかもしれない。

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