コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2016/02/22

足早に過ぎる都市の移ろい

▼ふだんエンタメ系の小説を手に取ることはあまりないが、知人の勧めで、最近映画化もされた話題のホラー小説「残穢(ざんえ)」(小野不由美著、新潮社)を読んだ。知人によれば「とにかく怖いから」とのことだった。実際これが本当に怖い。どこかで畳を掃くような音がするのではと、夜、手洗いに行くのもためらわれたほどだ
▼室内でおかしな音がするというよくある怪異譚ではあるが、その原因を探って、今世紀から前世紀、高度成長期、戦後期、戦前、明治大正期へと時を遡っていく過程がドキュメンタリータッチで描かれる。その手法が奏功し、恐怖がいや増しに増す
▼ただし原因究明の道のりは容易ではない。過去に何かあったのではと手がかりを求めて、近隣住民から不動産業者、寺の住職、地域の世話役まで様々な人に聞き取りをするものの、遡れば遡るほど、証言も手掛かりも減っていく。住人は住み替わり、建物や土地のありようも変わる。貸家ともなれば、以前の住人が誰でどうなったかすら把握しにくい。都市の移ろいの激しさというものを、この小説は教えてくれる
▼私事になるが、筆者の通っていた横浜の幼稚園がずいぶん前に廃園になっていたことを知り、いつごろなくなり、今どうなっているのかが気になった。幼稚園のあった場所は現在、公園になっているようだが、そんな〝幼稚園後〟を調べるうちに、期せずして〝幼稚園前〟を知ることになった。幼稚園が建つ前、ここは「避病院(ひびょういん)」だった
▼避病院とは、明治時代に造られた伝染病専門病院のことだ。土地柄というべきか、海外文化の窓口だった横浜にこうした病院があっても不思議はない。避病院は横浜だけでも何か所かあったようだが、ここの避病院は西洋人専用のものだったようだ
▼とはいえ、私が幼稚園に通っていた当時でもそれを知る人は少なかったはずだ。まして今となっては地域でもほとんど忘れ去られているに違いない。都市の移ろいを記録しておくには、やはり記憶だけでは足りないことを痛感した。

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